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青森市PTA連合会

仁田四郎・神霊を見る 
                        内山 龍星 先生
源頼朝公は富士の巻狩りの際、家臣の仁田四郎忠常に富士の人穴検索を命じた。
忠常は家来と共に人穴に入るが、中は狭くなかなか進むことができない。
さらに真っ暗の中、足を濡らし歩いていくと、やがて大河の流れる広い場所へと辿り着いた。
大河は激流が逆巻き渡ることができず、対岸の岩頭に光が輝くと一緒に来た家来が急死し、そこへ官女の姿が現れた。
「ここは人間の来るところではない。誤って来るものは皆、命を落とす。お前もまぬがれない。」と言われ、恐れおののいた忠常だが官女の教えに従い刀を水中に投げ入れて帰ることができた。
仁田四郎忠常が富士の人穴で見た官女と思わしき姿は、富士の御神体「木花開耶姫(このはなさくやひめ)」の神霊であった。


2017PTA

青森市役所ねぶた実行委員会

修羅場 阿修羅と帝釈天
                京野 和鴻 先生
インド神話に、正義の神「阿修羅」と力の神「帝釈天」という神がおり、あるとき、阿修羅の娘シャチーを見て気に入った帝釈天は、力尽くで彼女を奪い、自分の宮殿に連れ去ってしまった。
このことが発端となり、娘を奪われた阿修羅は怒り、復讐に燃える悪鬼となって幾度となく帝釈天に戦いを挑んだ。
このねぶたは、壮絶な戦いを繰り広げた場所、「修羅場」を再現したものである。
2017青森市役所

JRねぶた実行プロジェクト

剣の護法
            竹浪 比呂央 先生
信貴山縁起絵巻 延喜加持の巻より
平安の世、延喜の帝は重い病に苦しんでいた。高僧たちが祈祷しても、癒える気配がない。
そんな折、大和(奈良県)の信貴山の僧で、強大な法力で不思議な術を行う命蓮に白羽の矢が立った。
勅使が参内を要求したが、ここにいても治せるので決して山は下りないと命蓮。
どうすれば帝の病が癒えたと分かるのかと尋ねると、「剣の護法という童子を遣わすので、夢や幻にでもその姿が見えたらそれが証拠とご承知ください。剣を編んで衣にしている護法童子です。」と答えた。
三日ほど後、夢現にいた帝はきらきらしたものを見た。
これが剣の護法だ、と思った矢先、気分は爽快、苦しさもなくなり、すっかり健康になった。
護国の聖具をまとい、悪鬼に対峙する護法童子。
輪宝を車輪のごとく回転させるその勇姿に、安全安心な交通網の発展を願い奉る。
2017JR

NTTグループねぶた

妖術師 滝夜叉姫
                  北村 春一 先生
平安時代中期、天慶の乱にて無念の最期をとげた平将門の娘、五月姫は怨念を募らせ貴船の社に祈願をかけ、その満願の日、貴船の神より妖術を授かり、名なを滝夜叉姫と改めた。その後、がしゃ髑髏など数多の手下を駆り集め、天下に災いをなすようになった。そのため朝廷より勅命を受けた大宅太郎光圀は、陰陽の術を持って立ち向かい壮絶な戦いの末、滝夜叉姫を成敗した。天下に災いを齎した滝夜叉姫であったが、死の間際には改心し平将門のもとに昇天したという。
ねぶたは滝夜叉姫が妖艶な遊女の姿で現われ光圀にを惑わそうとするが見破られ、妖術と陰陽術の激しい戦いとなる場面である。
2017ntt

ヤマト運輸ねぶた実行委員会

赤沼伝説
          北村 隆 先生





藤崎町矢沢八幡宮の裏にあった「赤沼」とそこから6km離れた常盤村福舘の田んぼの真ん中にある「赤沼」とは底がずっと繋がっていたと言われている。
むかし、坂上田村麻呂軍は藤崎町矢沢の森のあたりで突然蝦夷の棟梁・高丸に襲われた。田村麻呂は強弓をはなち、射殺したが今度は高丸の亡霊が襲い掛かった。
田村麻呂は太刀をぬき斬りつけると、亡霊はそばの沼へ落ちていった。沼はみるみる赤い血で染まったという。それからこの沼を『赤沼』と呼ぶようになったという。
田村麻呂は亡骸を近くの森に葬り、その上にお堂を建て矢を御神体として祀ったことから「矢沢」と呼ぶようになったという。この赤沼にはいつの頃からか大きな蟹が沼の主として棲むようになったという。この大きな蟹は高丸の化身と噂されている。そして二つの沼を行ったり来たりしていたという。
坂上田村麻呂と赤沼の蟹の伝説である。
今も常盤村福舘の田んぼの真ん中には「赤沼」とそばには小さな祠が存在している。

2017ヤマト運輸
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