パナソニックねぶた会

尊長コシャマインの反乱
                         北村 蓮明 先生
その昔、北の大地を舞台に繰り広げられた、民族と民族の激しい抗争があった。
美しい大自然に抱かれながら、のんびりと楽しく生活していたアイヌ民族くにとり、そこはまさに自由の天地であった。大らかに生きていたアイヌが本州から渡来した和人を容認したのは、訪ずれる者を拒まぬという民族的な開放性であった。
しかし、いつしか勢力を増し始めた和人たちの横暴さが目立つようになり、アイヌたちの反感は次第に高まっていった。
1456年、和人の鍛冶屋がアイヌの少年を刺殺したことが発端なり、忍耐を重ねていたアイヌたちの怒りが爆発。酋長コシャマインをリーダーとして、和人に戦いを挑むことになる。
それは、アイヌモシリ(人間の大地)から、和人を追放するための戦いであった。

サンロード青森

源頼光・足柄山中に 公時と出会う        
                              千葉 作龍 先生
平安時代 源頼光は、上総の任を果たし京に戻る途中相模国・足柄山中にさしかかったところ、俄かな轟音と共に現れた若者と出会う。
若者は、名を「怪童丸」と云い、龍神と山姥の間に生まれ幼少の頃から山中の動物たちを従え、熊と相撲を取るなど怪力の持ち主であった。
頼光は、怪童丸を京に連れ帰り、「坂田公時」と名を与え家来とした。
やがて、「公時」は「頼光四天王」の一人として数々の鬼神を退治するなど、武勇ぶゆうを挙げ童話「金太郎」のモデルとして現在も語り継がれる英雄である。
このねぶたの場面は、源頼光と公時が、足柄山中でまさに出会った場面である。

マルハニチロ佞武多会

岩見重太郎狒々退治  
              手塚 茂樹 先生
岩見重太郎は、父の仇討ちのため旅に出たが道中負傷し、通りがかりの村人の家で介抱された。数日で回復し、村人も喜んだが、どこか笑顔に陰りがある。
問うと、山奥の神社の神様が、毎年若く美しい娘の家に白羽の矢を立て、そこに住む娘は箱に入れて捧げねばならないという。もし背けば、村には大きな災いが起きる。今年はこの家に矢が立ったので、準備の最中だというのだ。
重太郎は「神が人を犠牲にするものか!」と怒り、『神様』の正体を暴くべく、自らが娘の着物を被って箱に入った。村人たちはその箱を神社へと運び込む。
静寂な時が過ぎる中、フクロウの声と共に怪しい気配と異様なまでの生臭さを感じ取った。そっと蓋が開いた次の瞬間、被っていた着物が勢いよく剥ぎ取られた。
すかさず飛び出た重太郎の眼には、赤ら顔で鬼のように巨大な狒々が映った。奇声を上げながら襲い掛かってくる狒々に、重太郎は得意の剣術で立ち向かった。
一進一退、長い激闘だった。
翌朝、狒々退治の知らせを聞いた村人たちは歓喜し、何度も何度も礼を述べていた。その声を背に、重太郎は本懐を遂げるべく、旅路を急ぐのであった。
大坂夏の陣、豊臣軍で真田幸村らと共に戦い名を馳せた武将、薄田隼人正兼相若かりし頃の武勇談である。
未知なるものへ恐れず挑み、巨悪を退治した重太郎の姿に、争いや災いの無い平和な世が永く続くことを祈り願う。

青森自衛隊ねぶた協賛会

鹿島神と要石
           有賀 義弘 先生
古くから地震は地中の大きな鯰が荒れ騒いでいるせいだと信じられてきました。
鹿島神宮にある要石は大神の御座、磐座とも伝えられる霊石で、大神たちはこの要石を地中に深く差し込み大鯰の頭を押さえ地震を鎮めているといわれています。
また、鹿島神宮の主神として祀られていることから鹿島神とも呼ばれるタケミカズチは、日本神話にみえる神で、「雷神、武神、刀剣の神」近年では、スポーツの神として武道上達や勝利・成功のご利益があるとされています。
我々、青森駐屯地の隊員も地震鯰を押さえ込む鹿島神のように日本の平和と国民皆様を全力で守れる様に日本一精強な駐屯地を目指し、日々各種任務や訓練に邁進する思いを祈念するものであります。

青森市PTA連合会

仁田四郎・神霊を見る 
                        内山 龍星 先生
源頼朝公は富士の巻狩りの際、家臣の仁田四郎忠常に富士の人穴検索を命じた。
忠常は家来と共に人穴に入るが、中は狭くなかなか進むことができない。
さらに真っ暗の中、足を濡らし歩いていくと、やがて大河の流れる広い場所へと辿り着いた。
大河は激流が逆巻き渡ることができず、対岸の岩頭に光が輝くと一緒に来た家来が急死し、そこへ官女の姿が現れた。
「ここは人間の来るところではない。誤って来るものは皆、命を落とす。お前もまぬがれない。」と言われ、恐れおののいた忠常だが官女の教えに従い刀を水中に投げ入れて帰ることができた。
仁田四郎忠常が富士の人穴で見た官女と思わしき姿は、富士の御神体「木花開耶姫(このはなさくやひめ)」の神霊であった。

青森市役所ねぶた実行委員会

修羅場 阿修羅と帝釈天
                京野 和鴻 先生
インド神話に、正義の神「阿修羅」と力の神「帝釈天」という神がおり、あるとき、阿修羅の娘シャチーを見て気に入った帝釈天は、力尽くで彼女を奪い、自分の宮殿に連れ去ってしまった。
このことが発端となり、娘を奪われた阿修羅は怒り、復讐に燃える悪鬼となって幾度となく帝釈天に戦いを挑んだ。
このねぶたは、壮絶な戦いを繰り広げた場所、「修羅場」を再現したものである。

JRねぶた実行プロジェクト

剣の護法
            竹浪 比呂央 先生
信貴山縁起絵巻 延喜加持の巻より
平安の世、延喜の帝は重い病に苦しんでいた。高僧たちが祈祷しても、癒える気配がない。
そんな折、大和(奈良県)の信貴山の僧で、強大な法力で不思議な術を行う命蓮に白羽の矢が立った。
勅使が参内を要求したが、ここにいても治せるので決して山は下りないと命蓮。
どうすれば帝の病が癒えたと分かるのかと尋ねると、「剣の護法という童子を遣わすので、夢や幻にでもその姿が見えたらそれが証拠とご承知ください。剣を編んで衣にしている護法童子です。」と答えた。
三日ほど後、夢現にいた帝はきらきらしたものを見た。
これが剣の護法だ、と思った矢先、気分は爽快、苦しさもなくなり、すっかり健康になった。
護国の聖具をまとい、悪鬼に対峙する護法童子。
輪宝を車輪のごとく回転させるその勇姿に、安全安心な交通網の発展を願い奉る。

NTTグループねぶた

妖術師 滝夜叉姫
                  北村 春一 先生
平安時代中期、天慶の乱にて無念の最期をとげた平将門の娘、五月姫は怨念を募らせ貴船の社に祈願をかけ、その満願の日、貴船の神より妖術を授かり、名なを滝夜叉姫と改めた。その後、がしゃ髑髏など数多の手下を駆り集め、天下に災いをなすようになった。そのため朝廷より勅命を受けた大宅太郎光圀は、陰陽の術を持って立ち向かい壮絶な戦いの末、滝夜叉姫を成敗した。天下に災いを齎した滝夜叉姫であったが、死の間際には改心し平将門のもとに昇天したという。
ねぶたは滝夜叉姫が妖艶な遊女の姿で現われ光圀にを惑わそうとするが見破られ、妖術と陰陽術の激しい戦いとなる場面である。

ヤマト運輸ねぶた実行委員会

赤沼伝説
          北村 隆 先生





藤崎町矢沢八幡宮の裏にあった「赤沼」とそこから6km離れた常盤村福舘の田んぼの真ん中にある「赤沼」とは底がずっと繋がっていたと言われている。
むかし、坂上田村麻呂軍は藤崎町矢沢の森のあたりで突然蝦夷の棟梁・高丸に襲われた。田村麻呂は強弓をはなち、射殺したが今度は高丸の亡霊が襲い掛かった。
田村麻呂は太刀をぬき斬りつけると、亡霊はそばの沼へ落ちていった。沼はみるみる赤い血で染まったという。それからこの沼を『赤沼』と呼ぶようになったという。
田村麻呂は亡骸を近くの森に葬り、その上にお堂を建て矢を御神体として祀ったことから「矢沢」と呼ぶようになったという。この赤沼にはいつの頃からか大きな蟹が沼の主として棲むようになったという。この大きな蟹は高丸の化身と噂されている。そして二つの沼を行ったり来たりしていたという。
坂上田村麻呂と赤沼の蟹の伝説である。
今も常盤村福舘の田んぼの真ん中には「赤沼」とそばには小さな祠が存在している。

東北電力ねぶた愛好会

三国志演技 「美髯公 関羽 参上」
                           京野 和鴻 先生
百八四年に起きた黄巾の乱を契機に漢の世は乱れ、董卓・呂布・曹操・袁紹ら群雄の攻防が行われた。
董卓軍の呂布は、戦いを挑む諸侯の武将たちを次々と討ち倒し、名馬 赤兎馬に跨り、更に攻め込んで行く。
反董卓軍が応戦するも、その勢いに歯が立たない中、呂布を大喝して加勢した張飛との打ち合いは、その後、幾度となく続くも一向に勝負はつかない。
そこでついに二人の前に現れたのが武将 関羽。
身の丈は九尺もあり、長く美しい立派な髯をたくわえ、重さ八十二斤の「冷豔鋸」という名の青龍偃月刀を操る戦国の美髯公 関羽 参上の場面を表したものです。
私たちも「関羽のように力強く、これからも東北の復興と発展に寄り添い続ける」という強い思いを込めて、記念すべき五十回目の出陣をいたします。

県庁ねぶた実行委員会

花和尚 魯智深
                     大白 我鴻 先生
魯智深は水滸伝の登場人物で、天罡星のひとつ天孤星が生まれ変わった好漢である。もとは経略府の提轄で姓を魯、名は達といった。
酒楼で出会った憐れな歌唄いの親娘を助けるために鄭という肉屋を撲り殺してしまったことから逃亡し、五台山の文殊院に出家し僧名を“智深”と名づけられた。
しかし、出家はしてみたものの、魯智深は僧の暮らしになじめなかった。退屈した魯智深が山門を出て参道坂をどんどん降りて行くと、麓には門前町があり、酒屋もあれば肉屋もある。魯智深は飲酒の戒を破り、むさぼる如ごとくがぶがぶ飲んで大酔のまま帰山し、山門を守護する文殊院の至宝たる大きな仁王像を怪力にまかせて引きずり下ろし、叩き壊してしまった。
智真長老もこれには我慢がならず、大暴れを起こしてはもうかばう事もできず、もうここに置く事はできないと告げた。そして魯智深は一人悄然と五台山をあとにした。

日本通運㈱青森支店ねぶた実行委員会

斉天大聖孫悟空
           林 広海 先生
孫悟空は中国の古典小説「西遊記」の主人公である。
生きとし生ける物の生死に悲観し、不老不死を願い仙術を身につけて行く孫悟空は自らを斉天大聖と号し天界で大暴れするが、乱暴が過ぎて、お釈迦様に五行山の岩の下に閉じ込められてしまう。
それから五百年後。天竺にありがたいお経を取りに行く旅の途中の三蔵法師に助けられ、孫悟空は三蔵の弟子となり、取経の旅のお供をすることとなる。
途中、豚の化物 猪八戒や河童の沙悟浄らを供に加え、一行は遥か遠く天竺を目指すが、旅の先には様々な困難や恐ろしい妖怪たちが立ちはだかる。
一行はそれらを次々に乗り越え、やっと無事天竺に辿りつくのである。
ねぶたはその旅の途中、返事をすると吸い込まれてしまう不思議なひょうたんを持つ妖怪金角・銀角大王と孫悟空が格闘する一場面である。

あおもり市民ねぶた実行委員会

紅葉狩
                            北村 麻子 先生
紅葉が美しいとある山中、高貴な風情の女が侍女を連れて紅葉を愛でようと宴を催していました。その酒席に鹿狩りの途中の平維茂の一行が通りかかります。維茂は道を避けようとするが、誘われるまま、宴に加わります。酒を勧められ、つい気を許した維茂は酔いつぶれ眠ってしまいます。
ちょうどその頃、八幡大菩薩の眷属、武内の神が信濃国戸隠山への道を急いでいました。維茂を籠絡した女は戸隠山の鬼神だったのです。
武内の神は維茂の夢に現れてそのことを告げ、八幡大菩薩からの下された神剣を維茂に授けました。
さて、夢から覚めた維茂の前には、鬼女が姿を現わし襲いかかってきます。維茂は勇敢に立ち向かい、激しい戦いの末にみごと神剣で鬼女を退治しました。
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