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キャップカバー

シヤチハタ ネーム9
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シヤチハタネーム9に 取り付けて使用する
「ディズニーキャラクター」
を イメージした キャップカバー


税込315円

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に組

に組・東芝
源頼政  鵺退治
                 北村 隆 先生

平安末期、近衛天皇の住む御所の上に夜ごと黒雲とともに不気味な鳴き声が響き渡り、帝を脅えさせていた。
弓の名手として名高い「源三位頼政」に勅命がくだった。
頼政は、先祖の源頼光より受け継いだ弓を手に、家来の「猪早太廣直」とともに妖怪退治に向かった。
真夜中、御所の上に黒雲がたなびいた。
雲の中に怪しげなものがいる。
頼政は弓矢でその黒雲の中のばけものを射落とす。
猪早太が落ちてきたものに止めを刺す。
火を灯し正体を見ると、頭が猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎の姿をした「鵺」であった。
御所のうえに、カッコウの鳴き声が二声三声聞こえ、御所に静けさが戻ってきたと言う。



に組

2012 ねぶた 各賞

2012ねぶた大賞 
サンンロード青森 「奥州平泉の栄華 阿弖流為と清衡」 千葉 作龍 先生
ねぶた大賞


知事賞
JRねぶた実行プロジェクト 「東北の雄 阿弖流為」 竹浪 比呂央 先生

知事賞1
知事賞2

市長賞
日立連合ねぶた委員会 「為朝の武威 痘鬼神を退く」 北村 蓮明 先生
市長賞


商工会議所会頭賞
ヤマト運輸ねぶた実行委員会 「美盾八競 晴嵐 宮本武蔵」 北村 隆 先生

商工会議所


観光コンベンション協会会長賞
青森菱友会 「羅漢」 竹浪 比呂央 先生
観光コンベンション



運行・跳人賞サンロード青森

囃子賞日立連合ねぶた委員会

最優秀制作者賞
竹浪 比呂央 先生 「東北の雄 阿弖流為」 (JRねぶた実行プロジェクト)

優秀制作者賞
千葉 作龍 先生 「奥州平泉の栄華 阿弖流為と清衡」 (サンロード青森)

優秀制作者賞
北村 蓮明 先生 「為朝の武威 痘鬼神を退く」 (日立連合ねぶた委員会)

優秀制作者賞
北村 麻子  先生 「琢鹿の戦い」 (あおもり市民ねぶた実行委員会)

8月5日

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よげ しゃべり

今年も すばらしい ねぶたが せいぞろい。

個人的な 予想では

ねぶた大賞は JR。

知事賞は ヤマト運輸。

市長賞は サンロード青森。

商工会議所会頭賞は 日立。 

観光コンベンション協会会長賞は パナソニック。

県板金・第二分団・菱友・NTTが 僅差で 受賞するかもしれない。

運行・跳人賞は ヤマト運輸。

囃子賞は 日立。

青森自衛隊

青森自衛隊ねぶた協賛会
鉢木
            有賀 義弘 先生

ある雪の日、旅の僧が貧しい老武士、佐野源左衛門常世の家に一夜の宿を求めました。旅の僧に粟飯を出し、薪がないので大事にしていた盆栽「梅」「桜」「松」の鉢の木を切って、囲炉裏にくべ、火を焚き、精一杯のもてなしをしました。常世は僧に自分が一族に佐野庄三十余郷の領土を押領されたこと、落ちぶれていても幕府に一大事が起これば一番に鎌倉に馳せ参じ、一命を投げ打つ所存であるとその覚悟を僧に話しました。
その後、幕府から動員命令が下り常世も先を争って駆け付けました。
世は執権に召し出され、あの日の僧が前執権北条時頼だったことを知りました。時頼は常世の言葉に偽りがなかったことを賞し、先日の約束を果たしたことを誉め、その志にむくいるため、奪われた佐野庄三十余郷を常世に返し与えただけでなく、薪にされた三鉢の盆栽「梅」「桜」「松」にちなんで加賀国梅田庄、越中国桜井庄、上野国松井田庄の三つの荘園を新たに恩賞とし与えるのでした。
今年は弟9師団が青森に駐屯して五十年にあたり、昨年の東日本大震災への教訓を活かし、日本の国家と地域の一大事には直ちに駆け付ける準備を整え、防衛任務をはじめあらゆる任務達成のため隊務に精励しつつ、引き続き地域の平和に貢献する姿を表すものであります。


青森自衛隊

青森市PTA

青森市PTA連合会
羅生門
         内山 龍星 先生

平安時代。飢餓や辻風などの天変地異が打ち続き、京の都は衰微し、荒廃した羅生門は黒々と影のように立っていた。
その羅生門に鬼が出没するという噂を聞きつけた渡辺 綱は鬼退治のため道を急いでいた。
その時一人歩きの女に出会った。女は夜更けの恐ろしさのせいか、見知らぬ綱に「私をお送り下されまいか」と声をかけてきた。馬の歩みを遅めた綱の後ろを女がついて来た。すると、生暖かい風が吹き女はたちまち眼光鋭い鬼女に変じ、綱につかみかかったが、綱は源氏の名刀『髭切りの太刀』で鬼の腕を見事に切り落とした。鬼女はいづこともなく逃げ去った。
日が過ぎ綱の養母が上京して来て、国への土産話に鬼の腕とやらを見せて欲しいと言われ、やむを得ず封印していた鬼の腕を差し出すと、養母の姿はみるみる鬼の姿に変わり「これはわれの腕じゃ」と叫ぶや鬼女となって天空へと失せてしまった。


PTA

東北電力ねぶた

東北電力ねぶた愛好会
南光坊 天海
            穐元 和生 先生

南光坊 天海は、安土桃山・江戸初期の天台宗の僧侶で、徳川家康から家光まで三代の将軍に仕え、江戸の都市計画から日光東照宮の造営まで行っている。
天海僧正は、風水に基づいた江戸鎮護の計画を構想し、もともと風水的には地勢の良くなかった江戸を、弘法大師空海が造った平安京を凌駕するほどの風水都市に仕立て上げた。
そのひとつに、東の青龍、南の朱雀、西の白虎、北への玄武と、それぞれの方位の守り神に相応し、川、海、道、山などを配置した。この四神が揃う土地は風水で理想的な地形配置であり、四神相応(しじんそうおう)と言われ、国家繁栄と治国安泰の願いが込められている。
この四神相応を配置し、未曾有の災いに対する復興の守護神として、祈りを唱える南光坊天海をねぶたにしました。


東北電力

青森市役所ねぶた

青森市役所ねぶた実行委員会
牛若丸と大天狗
                外崎 白鴻 先生
花盛りの京の鞍馬山。
僧正が大勢の稚児を連れて花見にやってくる。すると、その席に怪しげな山伏が割り込んで来たので、僧正は花見を延期して稚児たちを連れて帰ってしまう。
ところが一人だけ帰らぬ子がいる。これこそが源義朝の子、牛若丸である。
その子が牛若丸であることを知った山伏はその日陰者の境遇を憐れみ、二人は暫くの間親しく語り合うこととなる。
やがて山伏は自分が鞍馬山の大天狗であることを明かすと、平家を討たせるために兵法の大事を牛若丸に伝え、源氏の再興を予言し立ち去ろうとする。
袖を取って別れを惜しむ牛若丸だが、戦場での守護を約束して大天狗は梢の奥に姿を消してしまうのである。
このねぶたは、若き日の牛若丸が、大天狗より兵法の奥義の伝授を受けた一幕を表したものである。


青森市役所



県庁ねぶた

県庁ねぶた実行委員会
越後の虎 上杉謙信
                  大白 我鴻  先生
  
 上杉謙信(初名:長尾景虎)は、内乱続きであった越後の国を統一し、産業を振興して国を繁栄させた戦国武将である。野戦において戦国武将の中でも最高の指揮統率力を持った戦術家であり、後に越後の虎や越後の龍、軍神と称される。宿敵武田信玄との五度に及んだ川中島の合戦や、北条氏康、織田信長などの歴戦の名将らと、49年の生涯の中で、約70回もの戦を行ったが、大きな戦での敗戦は一つもない。
 謙信は、他国から侵攻された近隣武将や窮地に陥っている敵将の支援を行うなど、非常に義を重んじていた。また武神毘沙門天を厚く信仰し、「毘」の一字を旗印に掲げ、時には自ら毘沙門天の化身と称したという。

県庁

ねぶた愛好会

ねぶた愛好会
剛勇 鬼加賀
            諏訪 慎 先生

下瀬頼豊加賀守、通称鬼加賀は常に太刀を担ぎ怪力無双で敵をなぎ倒したと言われる。多くの民が川に巨大な大蛇が潜るのを見て気持ち悪がったが、頼豊は刀を持って川に潜り大蛇を追いかけるも退治できなかった。村人がその様子を見て「鬼加賀」という異名がついた。室町時代 永正(1505年)頃の物語です。
京の洛陽六角堂に「鬼神」が住み悪行をはたらき人々を悩ましていた。これに主人吉見参河守の命を受け、下瀬加賀は一人夜更けて六角堂に出かけ、現れた鬼を組み伏しこれを捕らえてみれば、鬼にあらず、鬼に扮した辻斬り強盗を働いていた七尺余の大男であった。ねぶたは、大男を取り押さえた奮戦の場を表しています。


ねぶた愛好会

日本通運

日本通運ねぶた実行委員会
聖徳太子と酔胡王
                  柳谷 優浩 先生

一に「和」をなによりも大切なものとし、いさかいをおこさぬことを根本としなさいという趣旨から始まる憲法十七条を制定したことで知られる聖徳太子は、当時国際化が急激に進む中で、最新の仏教を中心とする文化や芸術に触れ、新しい知識、物の考え方、感じ方を素直に受けとめ理解しながら、夢と希望を胸にこの日本を国らしい姿へと導いた。
また、この国に「和」という心柱を据え、人はそれぞれ育ちも違えば考え方も違うことを理解し、互いに尊重し合わなければならないという人と人との「和」を重んじた人物である。
酔胡王とは、国際化が急激に進んでいた七世紀に百済より伝来した伎楽に登場する王であり、遠く離れた国から酒、医療、芸術等といった未来の新たな情報産業文化を運ぶ存在とされていたといわれている。
ねぶたは、伎楽の様式美と聖徳太子の姿を借りて、国境を越えた国際的な交流への感謝と喜びを表したものであり、更に、なによりも大切な「和」が世界へと広がっていくことを祈願したものである。



日本通運2

日本通運1

私たちのねぶた

私たちのねぶた自主製作実行委員会
義経北行伝説 龍馬渡海
                相馬寿朗と私たち一同

文治五年、兄・源頼朝と対立した義経は藤原泰衝に襲撃され、自害した。
これが歴史の通説だが、東北地方には義経が生き延びて北海道へ向かう義経伝説がいくつも残されている。
衣川の館に火をつけ自害を装って、北へ逃れた義経は三厩に辿り着いた。近くに蝦夷が島を望むが、荒れ狂う津軽海峡が行く手を挟み、渡ることができなかった。
義経は観音様に三日三晩祈願した。満願の晩に白髪の翁が現れ、「三頭の龍馬を与える。これに乗って渡るがよい」と云って消えた。
翌朝、岩穴には三頭の龍馬がつながれていて、義経はそれに乗り無事蝦夷が島に渡ることができた。それから龍馬がつながれた岩穴を厩石、この地を三馬屋(三厩)と呼ぶようになった。


私たちのねぶた

青森山田学園

青森山田学園
卑弥呼と狗奴国の戦い    北村  隆 先生

「魏志倭人伝」によると、倭国大乱の後皆既日食を原因とし、卑弥呼は邪馬台国の女王となった。
鬼道(神がかり的行為)を使い、「神」と話が出来ると崇められていた。
また、自身を「太陽の化身」と称して、人望を集め民衆を統率した。
鏡を好み、景初3年(239年)洛陽に使者を送った際、百枚の三角縁神獣鏡を下賜されたのである。
すなわち太陽の光を反射し人々を驚かせたのが鏡である。
卑弥呼が女王になってから、その姿を見たものは少なく卑弥呼が神のお告げを聞き、それを弟が人々へ伝えていたと言う。
また、卑弥呼のそばには「難升米」と呼ばれる男性が卑弥呼を助けていた。
邪馬台国は女王卑弥呼のもと、古代大和を征服していった。
女王卑弥呼は狗奴国の男王卑弥弓呼と素より和せず、243年「狗奴国」との戦いが始まった。
卑弥呼は247年、魏に載斯鳥越を派遣し、その戦況を報告せしめている。
魏は卑弥呼の要請にこたえ国境警備官の張政を介して詔書・黄幢(旗)を倭国にもたらしたという。


山田

よげ しゃべり
昨年同様 手の込んだねぶた。
鬼の手とか 入り組みすぎで 複雑で 作っている時は 相当 大変だったと思う。

青森菱友会


青森菱友会
羅漢     竹浪 比呂央 先生

羅漢とは阿羅漢の略称で、一切の煩悩を断ち、修行を完成させた佛弟子の最高の聖者のことである。
昨年、幕末の絵師・狩野一信 筆、東京 芝・増上寺秘蔵の五百羅漢図百幅が初公開され大きな話題となった。また、本県弘前市、太平山 長勝寺 蒼龍窟には津軽藩縁の五百羅漢像が安置されている。
巨大地震、台風や大洪水など天変地異による大災害に喘ぎ、苦しむ時、禽獣と共に神通力を振るい人々の難儀を救う羅漢達。
一たび念ずれば、鉢からは泉のように水が湧き出し、また手にした香炉の煙は赤々とした灯火となって世を照らす。
羅漢の神通力に、東日本の復興と、この国の安寧を切に祈るものである。


青森菱友会

よげ しゃべり
ヘビが ねぶたの場合に 取り上げられる時は 龍の姿が多い。
ヘビのままで 取り上げられる場合は 地雷やの時位。
とても 難しい。
また 獅子も 同様で このねぶたは とても 難しい題材だと思う。
さすが 竹浪先生。

消防第二分団

消防第二分団ねぶた会・アサヒビール
津軽富士見湖伝説 鶴の舞橋
                           千葉 作龍  先生
六百年の昔、津軽鶴田町を統治していた清水城主、間山之守忠勝はある日美しい土地の娘、白上姫と出会い恋に落ちる。しかし二人は結ばれること無く、やがて姫は悲しみのあまり大溜池に身を投じてしまう。そして姫は龍と化し忠勝を苦しめ続けたという。(ねぶたの場面)
やがて忠勝も又、溜池に身を投じてしまった。それ以後池にはたくさんの鮒や鯉住むようになり鶴が飛来するようになった。
この大溜池は津軽新田の水源として崇められ湖面に映る津軽富士「岩木山」になぞらえ「津軽富士見湖」と称されその美しいたたずまいは今も人々に親しまれ愛されている。


消防第二分団

よげ しゃべり
名人位を 受賞した 千葉先生。
今年のねぶたは 地味だが なかなか良いねぶたで 囃子方も なかなか。

青森青年会議所

公益社団法人 青森青年会議所
激戦・川中島
              内山 龍星 先生
武田信玄と上杉謙信は一五五三年(天文二二年)からー五六四年(永禄七年)の永きに亘り、北信濃の支配権を巡って川中島に対峙した。数度に及ぶ激しい戦火を交えたー五六ー年(永禄四年)九月、夜明けの朝霧を裂き、静寂を突き破るような雄叫びが信玄の本陣遥かに響き渡る。決戦が近いことを予感した信玄が将座に向かって歩を進めたまさにその時、謙信自らが、僅かな家臣を率いて突入してきた。太刀を頭上高くに煌かせ、焔を纏い天を舞う龍の如く疾走する謙信。長年に亘る宿命を一騎打ちで決着しようという決死の奇襲戦であった。太刀抜く間も与えず眼前に踊りこんだ謙信の一撃を、大虎の如き胆力をもって、軍配一振りで受ける信玄。死力を尽くした総大将同士の一騎打ちは、決着がつかず痛み分けとなった。謙信と信玄、龍虎と称される両雄の相対した激戦は、後の世に語り継がれる一戦となった。

青森青年会議所

よげ しゃべり
昨年のねぶたも 内山先生の力作だったのが 今年のねぶたは なかなかの出来ばえだと思う。
ただ 虎が ちょっと 余計だったような・・・・。

マルハニチロ

マルハニチロ侫武多会
金剛力士破邪
                  竹浪 比呂央 先生

金剛力士とは、古代インドのバラモン教の神々が、密教に取り入れられ、仏法の守護神である護法善神となった天部の諸尊(他に帝釈天・毘沙門天など)の一つで、一般に仁王の名で親しまれている。
開口の阿形像と口を結んだ吽形像の二体を一対として、寺院の表門の左右に安置することが多い。
阿吽は仏教の真言の一つで、阿は口を開いての最初の音、吽は最後であることから、宇宙の始まりと終わりを表わす言葉とされている。
上半身裸形で、筋骨隆々とし、憤怒の相で外敵を威嚇する。邪鬼を懲らしめ、あらゆる災いを振り払う阿形金剛力士。大きく口を開き、復興の始まりを叫ぶその英姿に、東日本の再生と、この国の安寧を切に祈るものである。

マルハニチロ

よげ しゃべり
金剛力士といえば 鹿内先生。
昨年? 新町に昭和のねぶたの写真を 掲示された。
それを プロデューズしたのが 竹浪先生。
今年のねぶたは 昭和のねぶたに 一アレンジを加えたような感じ。

あおもり市民ねぶた

あおもり市民ねぶた実行委員会
琢鹿の戦い  
               北村 麻子 先生

三皇五帝と呼ばれる伝説の古代中国の皇帝、黄帝は漢民族の祖と言われている。その皇帝が中原の支配権を賭けて戦ったのが蚩尤と呼ばれる怪物である。
四目六臂で人の身体に牛の蹄を持ち、頭に角があり、魑魅魍魎を味方し、厚い濃霧を起こして敵を苦しめた。
それに対し黄帝は最も格上の龍と言われる翼を持った龍<<應龍(おうりゅう)>>を味方につけ、(き)という動物の皮を用いた太鼓を打ち鳴らし、立ち向かった。
その爆音は五百里四方へ轟き、霧は晴れ蚩尤軍は黄帝軍に打ち負かされたという。
2011年3月の震災により多くの被害を受けた方々も未だ霧の晴れない状態が続いていると思いますが、一日も早くその霧が晴れる事を祈ります。

青森県板金

よげ しゃべり
昨年は 北村 蓮明 先生の息子さんが 今年は 北村 隆 先生の 娘さんが 大型ねぶた師として デビュー。
いきなり 手の込んだ ねぶたを 製作して さすが サラブレット。
もう少し シンプルな方が もっと 武者の見得が ・・・・。
  

青森県板金工業組合

青森県板金工業組合
イザナキ火の神を討つ
                    北村 蓮明 先生

イザナキとイザナミの二神は高天原から地上に降り、協力して日本列島を生み、それが終わると今度はたくさんの神々を生んだ。しかし、火の神ヒノカグツチを生んだことで、イザナミは火傷を負い命を落としてしまう。残されたイザナキの悲しみはヒノカグツチへの怒りに変わり、とうとう十拳剣で命を奪ってしまった。コントロールできない恐ろしさを秘めた火の猛威を防ぐにはすぐに切り殺すしかなかったのだ。そしてその亡骸からも多くの神々が生まれた。ヒノカグツチの誕生と死には、破壊の力を持つと同時に制御することで生成の力をもつ「火」の性質が表されている。また、火の鳥は不死鳥ともいわれ、復活と再生を象徴しており、東日本大震災の一日も早い復興を願うものである。

青森県板金

よげ しゃべり
一昨年は カラス跳人で 採点結果に影響された?。
とても 良いねぶた だったが 賞に 入らなかった。
日立同様 賞を 立て続けにとっていたのが ストップしてしまった。
今年は 囃子も なかなか良い感じで 返り咲きを はかっている感じ。
ただ 下絵と 火の鳥の色が 違うのが・・・ 
 

NTTグループねぶた

NTTグループねぶた
弁慶の祈り
               北村 春一  先生

平家追討に功績をあげた源義経だったが、兄の頼朝に疑惑を持たれ鎌倉方から追われる身となり、弁慶らと供に西国へ逃れようと摂津の国大物の浦へ到着した。
義経一行が海上に出るや否や突然暴風に見舞われ、波の上に壇ノ浦で滅んだ平家一門の亡霊が姿を現した。なかでも総大将であった平知盛の怨霊は義経を海底に沈めようと薙刀を振りかざして襲い掛かった。刀を抜いて亡霊と切り結ぶ義経に弁慶は「刀では敵わないでしょう」と言い、数珠を揉み経文を唱え必死に五大明王に祈るとその祈りの力によって亡霊は鎮められ彼方の沖へ消えていった。
制作にあたり、東日本大震災で亡くなられた方へのご冥福を祈り、復興への願いを込めて・・・。


NTTグループ

よげ しゃべり
今年初めて ねぶたを 見にいった時 偶然 台上げだった。
人形一体・一体の出来がすばらしいねぶただった。
後日 下絵を 見た時に センターに 蟹がいた。
後ろも 手のこった 出来で すばらしいかった。
真中の蟹が ちょっと 余計だったのでは・・・・。

パナソニックねぶた会


パナソニックねぶた会
布引の滝 悪源太義平
                  北村 蓮明 先生


源義平は頼朝の兄で、武名の誉れ高く豪勇であるところから「鎌倉の悪源太」と呼ばれていた。騙し討ちにされた父義朝の無念を晴らそうと京の都で平清盛の命を狙うが、逆に捕らえられ、介錯人の難波恒房をにらみ、「雷となって汝を蹴殺さん」と云い残し斬首されてしまう。
仁安二年七月七日、清盛一行が摂津国の名瀑布引の滝に詣でたところ、一天にわかにかき曇り雷神となった悪源太義平が恒房を打ち殺しに現れる。京の都にも六波羅にも雷が落ち、多くの人々が命を失い、清盛は大般若経を僧に読経させ、義平の霊を鎮魂したのである。

  

パナソニック


よげ しゃべり
近年 電飾が 鮮やかになって きている。
今年のねぶたは さすが デンキ屋サンと いった色どりに 仕上がっている

日立

日立連合ねぶた
日立連合ねぶた委員会
為朝の武威 痘鬼神を退く
                           北村 蓮明 先生
 源為朝は為義の八男で、幼少の頃から兄たちを事ともしない乱暴者で、もて扱いに窮した父により、十三歳で鎮西(九州)に追放されてしまう。三年もたたないうちに九州全域を服従させ、勝手気ままに振舞い、その狼藉ぶりは目に余るものがあったという。
 五歳から弓を習い、天下一の強弓で敵を震え上がらせ、戦いにも巧みな豪勇鎮西八郎為朝は痘鬼神をも退散させたという逸話がある。平安の昔から業病はすべて厄神のしわざという俗信があり、為朝が世に勇名をとどろかせてからは、「鎮西八郎為朝コノ家ニ在リ」のお札を貼ってある家には近づかなくなったという。


よげ しゃべり
連続 賞を 獲得している 団体で 今年も 五本の指には 入ると 個人的に 予想する。
ここ 2~3年の 構図と違うのが ・・・。

サンロード青森

サンロード青森
奥州平泉の栄華 阿弖流為と清衡
                              千葉 作龍 先生

 征夷大将軍「坂上田村麿」によって平定された、奥州の蝦夷たち。しかしその後、源頼義・義家父子との前九年の役で俘囚安倍氏は滅亡した。そして、安倍氏に組した「藤原経清」の一子「清衡」は、苦難の時代を迎える。
 しかし、後三年の役を期に陸奥押領使となった「清衡」は、敵味方を問わず、度重なる戦乱で命を落とした人々の鎮魂を願い、平泉の地に「中尊寺金色堂」を建立した。
 それは、二代目「基衡」による「毛越寺」、三代目「秀衡」による「無量光院」建立へと受け継がれ、その輝きは京の都も及ばぬ程の栄華を極めた。
 そして現在、中尊寺は東日本大震災の直後、世界遺産として認定されたのである。
 このねぶたは、坂上田村麿と勇敢に戦った蝦夷の英雄「阿弖流為」が「藤原清衡」と共に震災の犠牲になった方々への鎮魂と復興への檄を表現したものである。


 サンロード青森



よげ しゃべり
昨年 久しぶりに ねぶた大賞を 受賞した千葉先生。
今年 名人位が 贈られるような話を 耳にする。
昨年は 手の込んだすばらしいねぶただったが 今年は 昭和ぽくて シンプルだが すばらしいねぶただと 思う。今年は 名人位の横に 賞が 並ぶように 思います。 

ヤマト運輸

ヤマト運輸ねぶた実行委員会
美盾八競 晴嵐 宮本武蔵
                             北村  隆 先生

宮本武蔵は佐々木岸流(小次郎)に養父を殺され、仇討ちのため諸国に武者修行に出た。
或る日、白倉伝五衛門の屋敷に泊ることになった。
白倉は実は、岸流の伯父で密かに武蔵の命を狙うが剣術では敵わない。
そこで、武蔵が風呂に入ったときに熱湯を注いで殺そうとする。
白倉の娘、糸萩は父の企てを知り武蔵に危難を告げる。
武蔵は大いに怒り、風呂場の柱を抜いて荒れ狂い、柱を水車のごとく振り回し、白倉の家のものを打ち負かしたと言う。
宮本武蔵は人並みはずれた強力の持ち主で、片手で刀剣を使いこなすことが出来た。これが後に二刀流の技術を生み出すに至った。


ヤマト運輸

よげ しゃべり
北村 隆 先生が 手掛けるようになってから 毎年 賞を 受賞している。
今年も 波の青が 目を引く すばらしいねぶただと 思います。

東北の雄 阿弖流為

JRねぶた実行プロジェクト
東北の雄 阿弖流為
                    竹浪 比呂央 先生


 平安時代初期。黄金を求める大和朝廷の度重なる蝦夷侵攻に、人間の誇りをかけて戦い続けた蝦夷の首領 阿弖流為。戦いの度に朝廷軍を大敗させてきたが、延暦二十一年(八〇ニ)、北上してきた征夷大将軍坂上田村麻呂が胆沢城(岩手県)を造営し始めると、これと戦うことなく、同志の母礼と共に一族を率いて投降した。人心の懐柔や、仏教文化の伝播に努めた田村麻呂との間に堅い絆があり、阿弖流為は身を捨てて平和を選択したのである。上京後、田村麻呂の懸命の助命嘆願もむなしく、ふたりは斬刑に処せられた。 誇りをかけて守り続けた東北の雄 阿弖流為。北方の守護神毘沙門天の御加護を得、鬼神をしたがえ奮戦するその勇姿に、東日本の復興と、この国の安寧を切に祈るものである。


JRねぶた実行プロジェクト

よげ しゃべり:
新幹線開通後 ねぶた大賞を 狙っているJR・竹浪先生。
個人的に 一番目を引いたのは JRで 今年のねぶた大賞は 第一候補。
 
プロフィール

KITAYA 

Author:KITAYA 

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