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2010 青森ねぶた祭

ヤマト運輸ねぶた実行委員会

海幸彦 山幸彦
                  作:北村  隆 先生
山幸彦は山で狩をするのがうまく、海幸彦は海で漁をするのがうまかった。

ある日二人は、狩の道具を交換して獲物を捕ってみようということになり、山幸彦は釣り針を、海幸彦は弓矢を持って狩に出た。

しかし海に出た山幸彦は、海幸彦の大切な釣り針をなくしてしまう。

困った山幸彦は自らの剣を砕き、千本の釣り針に鋳直して献上したが許してもらえず途方に暮れていた。

山幸彦が一人海辺にたたずんでいると、波間から老爺が顔を出し、理由を尋ね海神の宮へと導く。海底での暮らしはあっという間に過ぎ、ある日山幸彦は自分が何をするために此処に来たのかを話すと、父神はすぐに釣り針を飲み込んだ鯛を見つけ出し捕まえ針を取り戻すことができたという。

父神は、呪文とともに塩満玉、塩乾玉という二つの宝玉を山幸彦へ与えた。

陸に上がった山幸彦は二つの玉をもって、海幸彦をこらしめる。

山幸彦の子と玉依姫命との間に出来た御子が、後の神武天皇であるといわれている。

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2010 青森ねぶた祭

青森県板金工業組合
勇猛の将・樊噲     作:北村 蓮明 先生
 
樊噲は漢の高祖劉邦の下臣で勇猛の将として知られている。紀元前206年、楚王項羽と漢の劉邦が鴻門に会する。
謀殺されそうになった主 劉邦を助けるため、盾を脇にかかえ門扉を押し破って席上へ闖入し救ったのである。



北村蓮明先生が 昨年 ねぶた大賞(日立)と 知事賞を 受賞した。
※日立と青森県板金工業の団体が 数年前から 8月7日の日に 特別賞の看板?を つけ 昼の運行するのが 当たり前のような 感じになった。

昨年は ねぶた大賞に続く知事賞を 受賞して 今年は ねぶた大賞を 狙って 準備や 囃子の練習に 熱が 入っているのは 当然のように思う。

今年のねぶた本体は すばらしい出来映えだと 思う。

隣の小屋の日立のねぶたは まちがいなく 連覇を狙った出来映えだったが 個人的には 甲乙つけがいように感じた。

ただし 北村 隆先生の ねぶたも すばらし出来だったので 今年の審査は 僅差に なると思われる。
※竹浪 先生のねぶたを まだ 見ていないので 個人的な 順は 決まっていない。

2010 青森ねぶた

マルハニチロ侫武多会

戻橋   作:竹浪 比呂央  先生


京の都、堀川にかかる一条戻橋。源頼光の使いに出た渡辺綱が、深夜この橋のたもとで一人の美女に出会う。綱は女に、五条のあたりまで送ってほしいと頼まれ馬に乗せるが、少し行くと女は鬼女の姿となって、「いざ我行く処は愛宕山ぞ」と叫んで襲いかかってきた。

大立ち回りの末、髭切丸の名刀で鬼女の片腕を切り落とすと、鬼は愛宕山へと飛び去っていった。

歌舞伎の演目としても知られている、平安中期の伝説である。





よげ しゃべり

下絵を見ていると 鹿内 名人を 思い出した。

というか30年前に戻った感じ。
ねぶたの面が シンプルで 武士が 馬に またがり 鬼女と対する。
昔は 戻り橋・茨木・紅葉狩など 鬼女が 出てくるねぶたが 多かった。

どんな ねぶたが できるのか 楽しみな一台。


鬼女?が登場するねぶた
戻1
青森国体が開催された頃のねぶた。
ねぶたが 見得を切る時に 扇子持ちが 曳き手をあやつり 前後左右上下に ねぶたを躍動させる。
このねぶたの特徴は 台の上に ねぶたがのっている回転イスのような台があり ロープを引くと 台の上で ねぶたが360度回転する。
この形式は 秋季国体の開会式に 参加したねぶたにも 使われた。
ねぶたは 石谷先生作。

ちなみに 身障者の国体の時 新町通りで 季節はずれの ねぶたが 特別に運行された。
その時のねぶたは 佐藤伝蔵先生作の 前田犬千代出世の武勲だった。・・・と思う。
 

戻り4

こちらも 石谷先生作。

戻り5

昔のねぶたは 背中合わせのような 配置のものが 多かった。石谷先生作。

戻り7

マルハニチロ以前の 社名は まるは だった。
※ちなみに プロ野球は 大洋ホエールズ(横浜ベイスターズ)。
こちらは 昭和53年度の知事賞を 受賞している。石谷先生作。
もし 今年 竹浪先生が 戻り橋で 受賞すればいいなと 思っている関係者は いると思う。 


鹿内名人作のねぶた
戻り6
戻り3

ねぶたの馬といえば 鹿内名人。
鹿内名人といえば 馬。
ねぶたの馬を 作れば右にでる人なしといわれる名人。
馬が 2匹でてくれば 右の馬が 躍動していて 左は 横たわっている構図が多い。

竹浪先生のねぶたは どうなるのか?。


戻り2

今回の竹浪先生の面は なんとなく 昔っぽいすっきりした(個人的に)感じなので  昭和?そんな感じのねぶたになりそう。

竹浪先生の戻り橋は 派手さは ないが 個人的には どんな ねぶたが できるか 楽しみな一台。

2010青森ねぶた

青森山田学園
碁盤 忠信   作:北村 隆 先生

名を佐藤四郎兵衛忠信という。
平安時代末期の武将で、源義経の豪臣、義経四天王の一人とされる。
兄頼朝に追われた義経一行は、吉野金峯神社を仮の宿とするが追手は思ったより早く来た。
忠信は、義経一行の無事を祈り、わが身の危難も忘れ自ら追手を食い止める役を買って出た。
どこをどう切り抜けたか、忠信は京へ逃れ、かねてからの思い女四条通の小車という女の許に身を寄せるが、女は鎌倉へ密告してしまう。
それとは知らず寝ていた忠信は不意を襲われ、枕にしていた碁盤を振りかざして敵に立ち向かう。




よげ しゃべり
北村先生は 昨年から 大型ねぶたを 3台手掛けているが 山田学園のねぶたの作成が 一番長い。
今までに ねぶた大賞を 5回受賞しているので 毎年ギャラリーの視線が集まる。
ねぶた小屋の前は いつも 人だかりが できている。
今年のねぶたは かなり 手の込んだ 構図で 見る側も どの人形の部位か 見分けるのも大変そう。
北村先生のホームページを見た時は すごい出来映えのように 感じた。
実際に 見れば “お~!”と 声が出ると思う。
間違いなく “ねぶた大賞” 争いに 名があがる ねぶただと思う。
に組のねぶたが 15日頃の台上げなので 同じ頃の台上げに なると思うので 早目に 拝見できそう。



盤が登場する 過去のねぶた

基盤1
昭和57年度 田村麻呂賞 
八幡太郎義家と荒法師   作:佐藤 伝蔵 先生

佐藤先生が 4年連続 田村麻呂賞を受賞した時の 1年目のねぶた。
中に舞っている将棋の盤が 情景を想像させたり 人形に動きを想像させたりする さすが名人の すばらしい ねぶた。
 

基盤3

平成15年度
八幡太郎義家と荒法師  作:福井 祥司 先生 

こちらは佐藤伝蔵先生の弟子の福井先生が リメイクしたねぶた。

基盤2

平成元年度
兜割り 作:千葉 作龍 先生


基盤4
 
平成4年度
基盤忠信  作:北村 明 先生

こちらは 弟の北村 明先生のねぶた。

2010青森ねぶた

青森菱友会
阿倍比羅夫 津軽深浦に立つ  作:竹浪 比呂央 先生

 『日本書紀』によると七世紀後半、越国(現在の石川から新潟あたり)の国司であった阿倍比羅夫が、一八○~二○○隻の水軍を率いて、数回にわたり日本海側の地域を北征したとの記述がある。
 齶田(秋田)、渟代(能代)、さらに津軽方面を平定し、これらの地方に中央政府の根拠地を確保した比羅夫は、有間浜に渡島の蝦夷らを召集して大饗したという。
 西津軽郡深浦町には、東川の河口”吾妻浜”こそ、このときの有間浜であるという伝説が残っている。
 風が風を呼び、波は岩礁を叩いて砕け散る。天翔ける龍王の守護の下、津軽深浦・有間浜に立つ阿倍比羅夫の勇姿である。




よげ しゃべり
昨年のねぶたもすばらしい出来映えだったが 3賞は 北村先生兄弟が 受賞した。
竹浪先生は 4年に 一度位のサークルで ねぶた大賞を受賞しているので 今年こそはと 力が 入っているはず。
毎年 青森に ゆかりのある題材を とりあげているのに加え 東北新幹線が 12月に 開通するので 青森が 着目されているのを 考えれば 来年は ともかく 今年は 絶対と意気込んでいるはず。
新幹線開通を 考えれば JR東日本でも ポスターに ねぶた大賞と 写っていた方が いいので 今年は 竹浪先生のねぶたも 要チエック。
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