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2009出陣ねぶた に組

に組・東芝
男伊達と不動明

                       作:北村 隆 先生

地震とともに火事は最も恐ろしい災害である。
享保四年1719年 大岡越前守忠相(おおおかえちぜんのかみただすけ)の命により「いろは四十八組」制度ができた。
火事装束はまさに火消しの「勇み」「気負い」の象徴ともいい纏のもとに総力を結集して消火作業を行い、纏が火を消したとまで言われた。
火事場に命をかけた火消したちを描き「意気地と粋」の庶民文化を高らかに謳いあげたものであり、颯爽たる「男伊達」に象徴される。
不動明王を厚く信仰することで火難を避けようとした火消しの心理とともに世の中を明るくし、私たちが正しい道を歩み平安な暮らしができる様にと願い災いから救うため、人々を救済しようとする厳しくもやさしい慈悲に満ちている。
無病息災、商売繁盛を願い平穏無事な世の中を願う。



よげ しゃべり
40年位昔は 現在の警察署の前に ねぶた小屋が 建っていた。一番海よりが 自衛隊の小屋だったように 記憶している。当時は 大型ねぶたは 12台位だったと思う。その頃は ねぶた小屋の後ろには 川が流れ 両脇には 柳の木が並んでいた。
柳町という地名の 由来は わからないが 多分 柳の木から 命名されたと思う。 

当時のねぶた小屋は 丸太で 組まれていた。当時は おやじのスクーターの後ろに 乗せられて ねぶたを 見にいったようだ。当時 経営者協会のねぶたに おやじが 参加していたので 鹿内名人のねぶたが 大好きだった。他に市役所・県庁・に組のねぶたを 手掛けていた。

その後 ねぶた小屋が 野脇中学校跡地に 移動した。その頃は 小学校のすぐ そばだったので 徒歩で通った。(鹿内名人の小屋は 郵便局よりだったように 記憶している。)
その後 ねぶたの台数が増えた為 現浦町小学校のグランドに ねぶた小屋が移転した。
その頃 鹿内名人は 「羅生門」(に組)のねぶたで 田村麻呂賞を 受賞している。
その後 弟子達に ねぶた製作を まかせ 名人位をもらった 翌年に なくなった。

羅生門   鹿内 名人作
羅生門



に組のねぶたは 弟子の白鳥先生のよって 受け継がれたが 平成 年から 黒石の村元先生が 手がけるようになった。
鹿内名人をしっている人なら 黒石の村元先生に 製作者が代わった時は 驚いたと思う。

また 今年から 製作者が 代わった。

今回は 近年 ねぶた大賞を 当たり前のように受賞している北村 隆先生だ。
これには 超 驚いた。
関係者は 驚きより 期待に 胸を 膨らませている。
囃し方も いつもより 力が はいっている。

昨年は ヤマト運輸のねぶたを手掛け いきなり受賞している。
個人的には 北村先生が 一番 力を入れた ねぶただと思っている。

に組といえば 消防という事で 初陣の題材は 火消し。

このねぶたには 間違いなく 力を 注ぎ込むと 予想される。

という事で 今年は に組の ねぶたが いつになく 注目を 集める事 まちがいなし。




火消しを題材にしたねぶた
記憶にあるのは 3台だけだが 火消しを 熱かった 扱った ねぶたは 少ないと思う。

火消し1

火消し3


火消し2

写真を見ていたら もう1台発見いたしました
千葉先生作
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2009 出陣ねぶた 京野先生

あおもり市民ねぶた実行委員会

地蔵菩薩 閻魔王 「嘆願」   作: 京野 和鴻 先生

閻魔は、人類最初の死者として冥界に入り、その支配者として死者の生前の罪を裁く王であり、十王信仰では裁判長である。
死者の審理は、通常七日毎に七回行われ、死者の減罪を嘆願する行事が仏事の法要である。
また、仏教では地蔵菩薩と同一の存在と解され、地蔵菩薩の化身ともいわれています。
地蔵菩薩が閻魔となった時の形相は、人々を愛しているからこそ、あえて心を鬼にしているのです。
閻魔王は、罪人を地獄に送ること、すなわち他者に苦しみを与えることは閻魔王としても罪であり、罪人と同じ苦しみを日に三度受けるそうです。
真の地獄の苦しみを知っている閻魔王の願いは、全ての人々が悪事をなさず、良い行いだけをすることです。
このねぶたは、地獄の鬼、鬼卒と護法神の仁王を引き連れた地蔵菩薩閻魔王が、現世の救済のため現れた場面です。



よげ しゃべり
昨年 青森ねぶた祭り ダイドードリンコ のドキュメンタリーの 番組を見た。
大師匠が 鹿内名人という新鋭のねぶた師 京野 和鴻先生 に 密着。
昨年の題材は 今まででは 考えられなかった エジプトの王様。

TVをみる(祭り終了後)までは 個人的には えっ ねぶた と 思った。(下絵をみた時)
市民ねぶたの知人に 話を 聞いてみると 賛否両論だと。
祭りの時 ラッセランドのコーナーに あるねぶた小屋を 覗いた時の印象は 結構 良い ねぶた だと思った。武将の題材で あれば もっと 受けが よかったのでは?。


TVを 見ていて ねぶた師の 情熱が 徐々に 伝わってきた。
この番組を見た人は 次回の作品を 見る目は 間違いなく変わると思った。

今年の題材は 閻魔様。

どんな ねぶたが できるか 楽しみ。

今年のTV番組があれば 見てみたい。

閻魔様を題材にしたねぶた
個人的に 一番古い 閻魔様の ねぶたは 佐藤伝蔵先生の 平 清盛。
(尺をもった閻魔様が 平 清盛の 肩を 鷲づかみに している構図のねぶた)
 
閻魔大王1

※左側で電線を 竹さおで 交わしている。曳き手が ぶつからないか 気になっている。
昔は 手とか 刀とか 突起している部分が ひっかかって ねぶたが こわれて 台無しに なってしまう事が 多々あった。 

閻魔大王2
                    閻魔大王3

北村 明先生のねぶた。
水の青が とても まばゆくて 地獄の炎と ともに 鮮やかな ねぶた。

からだリフレッシュ №11

回数より、正確な動作 体に効く筋トレ 背面部位

 今回は「体に効く筋トレ・背面部位」です。単に回数をこなすのではなく、動作の正確性を意識して、丁寧に行いましょう。基本姿勢(写真①)は背面部をまっすぐに保ち、手・ひざがそれぞれ肩・腰の市姿勢を崩さずに各動作を行うことがポイントです。
 写真②は、対角線の腕と脚を動かすバランスエクササイズです。最初は腕だけ、脚だけ、余裕があれば腕・脚同時というようにステップアップしましょう(腕と脚はのばしてもよい。)基本姿勢の背骨のラインを保ちながら、ふらつかないようにバランスをとることで身体の背面全体とおなか周りの強化になります。
 写真③は上背部を鍛えるエクササイズです。肩の力を抜き、脇が開かないようゆっくりひじを引き上げます(ひじの角度は90度を目安に)
 写真④はその延長として、ひじから先を伸ばし、二の腕を引き締めるエクササイズです。肩の位置を変えず、ひじから先だけ動かすこと(手首も固定)がコツです。ペットボトルなどで負荷を調整してもよいでしょう。


トレーニング・アドバイザー 小泉 洋 著  
小泉 洋’s BLOG

からだリフレッシュ №10

お尻引き バランスを 体に効く筋トレ スクワット

 今月は体の動きを良くするための筋トレを紹介します。今回はおなじみのスクワットです。
 スクワットの基本は写真①のようにひざだけでなく、お尻を引きながらおじぎをするようにしてバランスを取ることです(ひざと腰を同時に動かす)。ひざとつま先は同じ方向、ひざの位置はつま先より前に出さないことが重要です。写真②のようにひざの曲げ伸ばしだけにならないよう注意しましょう。
 写真③は以前紹介した、しこ踏み姿勢のストレッチです。そこからのバリエーションとして、写真④のように手の支えをはずして姿勢を保持する、いすからお尻を浮かせたり戻したりする、といった力の加減によって十分な脚強化のエクササイズになります。姿勢を崩さず無理なくできる人は、写真⑤のように通常のスクワット同様に動きましょう。その際にひざは伸ばしきらないよう注意して下さい。筋トレとして行う場合、20回前後、休憩を入れて2,3セットを基本に行ってみましょう。


トレーニング・アドバイザー 小泉 洋 著  
小泉 洋’s BLOG

からだリフレッシュ №9

基本はバランスよく ウオーキンフ まとめ編

 今回はウオーキングのまとめ編です。これまで紹介したポイントを整理していきます。 
 ウオーキングの基本は、全体的な基本姿勢・腕の振り方・足運びの3点を意識してバランス良く歩くことです(写真①)。
 基本姿勢は、体幹部(おなかや尻)で身体を支え、足から頭までまっすぐな軸を意識します。その姿勢を保ちながら肩の力を抜いて(肩を下げて)背中を柔らかく動かすことで自然に腕を振ります(写真②)。
 足運びは、後方へけるのではなく早めに足を前へ接地させます(つま先を上げかかとから柔らかく)。その際、ひざとつま先が同じ方向を向くようコントロールすることが重要です(写真③)。
 写真④⑤は、足裏の体重移動の感覚を養うエクササイズです。身体をまっすぐに保ち、腕を振りながらかかとつま先の重心移動を繰り返すことで歩行時のバランス向上を図りましょう。
 これらのポイントを参考にしながら、自分に合ったバランスの良い歩き方を実践しましよう。
 

トレーニング・アドバイザー 小泉 洋 著  
小泉 洋’s BLOG

2009 出陣 ねぶた

サンロード青森
義と愛「直江兼続」 作:千葉作龍

戦国乱世の時代「直江山城守兼続」は名将「上杉謙信景虎」の養子「上杉景勝」に幼少の頃から仕えた上杉家の重臣である。
「織田信長」の死後、「豊臣秀吉」と同盟し朝鮮出兵の巧により米沢三十万石の領主となった。
しかしその秀吉も病死、やがて天下は「徳川家康」に傾いていた。
上杉の力を恐れる家康の天下取りの策略に「直江状」を送るなど、「石田三成」に対し「義」を貫き、天下分け目の関ヶ原の戦では、西軍として隣国「最上義光」と「北の関ヶ原」を戦った。
しかし、三成は敗れ景勝は米沢三十万石に減封される。
その後、兼続は質素な生活に身を置きながらも、軍備のほか領民の為に尽力、農業、土木事業などにも力を入れ、上杉家への「愛」を貫いたという。
このねぶたの場面は、「愛染明王」の加護のもと、「越後の龍」と称された上杉謙信の化身に見守られ、「義と愛」をもって戦う文武両道の智将「直江山城守兼続」の勇姿である。



※よげ しゃべり
愛の文字がトレードマークとなった 直江兼続。今まで 直江兼続を 題材にしたねぶたは 記憶にない。ねぶたは 愛の文字が ひときわ目をひく 兜を中心に 越後の龍の見守られながら 指揮をとる直江兼続の勇姿を 表現している。



パナソニックねぶた会古事記「素戔鳴」 作:千葉作龍

古事記によれば日本は高天原を統治する「伊耶那岐」「伊耶那美」の二神から創生され「大八州(おおやしま)」と呼ばれた。
その左眼から「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」そして鼻からは「素戔鳴尊(すさのをのみこと)」が生まれたという。
素戔鳴は生来の暴れ者で姉の天照を度々困らせ、ついに天照は天の岩屋戸に隠れてしまい日本は真暗闇になってしまった。
やがて素戔鳴は高天原を追われ地上に降り、出雲の地で「八岐の大蛇(やまたのおろち)」を退治したという。(ねぶたの場面)
その尾から出た「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」は後に「日本武尊(やまとたけるのみこと)」が草を薙ぎって火難を逃れたことから「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」と呼ばれ天皇の三種の神器の一つとなった。
今、この暗い世相を薙ぎ払い、岩戸景気の復活を共に願いたいものである。


※よげ しゃべり
素戔鳴尊の大蛇退治を題材にして作られたねぶたは多い。ねぶたの各賞を 受賞したのも 多い。

田村麻呂賞
昭和53年 青森市職員互助会          穐本 無生 作

知事賞
昭和47年 日本通運               佐藤 伝蔵 作
平成4年  日本通運ねぶた実行委員会    福井 祥司 作

商工会議所会頭賞
平成2年  に組 東芝              白鳥 芳生 作

千葉先生が 大蛇退治を題材にしたのは はじめてだと思う(多分)。ねぶたは 大蛇に剣をかざし 退治しようとする場面を 表現している。
今年の手がける3台の中で 構図が 一番 いいと思う。(個人的)
 



消防第二分団ねぶた会・アサヒビール

三国志「赤壁」 作:千葉 作龍

後漢の代、二世紀末から三世紀初頭の中国は黄巾党の乱に端を発し戦国乱世の状況であった。
各地で覇権をかけて群雄割拠し中でも曹操・孫堅の二人は二大勢力を築きあげていった。
漢王朝の流れを汲む劉備玄徳も又、「三顧の礼」で迎えた諸葛亮孔明の説く「天下三分の計」に感じ入りやがて「蜀」を建国、「魏」の曹操、「呉」の孫権と共に三国時代を迎えるのである。
野望に燃える曹操は「呉」「蜀」を脅かしついに長江「赤壁」で激突した。
曹操軍八十万、二千隻の大船団、一方劉備・孫権の連合軍わずか五万。
しかし軍師「孔明」は東南の風を呼び起こし「火攻の計」で見事勝利したという。
ねぶたは曹操と蜀の英雄・関羽の対決の場面である。


※よげ しゃべり
今 話題の三国志を テーマにしたねぶた。直江兼続も そうだが 関心が 高い物を 題材にしている。関心が 高い分 ねぶた作りには かなりプレッシャーが かかるのと思う。ねぶたは 船上での戦を 表現している。
まだ 映画のレッドクリフを全然見ていないので ねぶたまでは 1作目は 鑑賞したい。 
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